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文学コーナー

文学コーナーについて

三重県ゆかりの文学者と文学作品について展示しています(常設展)。また、企画展や、関連する催しも行っています。

開催時間午前9時から午後7時まで
主催三重県立図書館

ご注意

ご覧頂けますページはすべて、原則として当時の作成資料(パンフレット・パネル・チラシ)の説明をそのまま掲載しています。(一部、語句・表現等の修正・補足が有ります)

 

文学コーナーの栞(しおり)  三重の文学

近世まで

三重の俳諧

三重は、俳諧の祖と言われる俳諧連歌の荒木田守武(もりたけ)、外面的な言葉の滑稽さを追求してきたそれまでの俳諧を、内面的な高度の芸術にまで高めた松尾芭蕉(ばしょう)を生んだ地である。
近世初期の三重には、伊勢の地に西山宗因(そういん)の流れを汲む談林派が根を下ろし、伊勢談林として定着した。その後、芭蕉没後伊勢の地に止まり、蕉風の普及に努めた各務支考(かがみしこう)の努力は、岩田涼菟(りょうと)・中川乙由(おつゆう)により、伊勢蕉門として開花した。蕪村(ぶそん)などとも交流のあった三浦樗良(ちょら)もこの派に近い。
津では、深く芭蕉を崇敬し、四天王寺に芭蕉文塚を建立した二日坊宗雨(ふつかぼうそうう)が一門を成した。また松阪には、樹敬寺加友(かゆう)のもとに多くの松阪商人が集い、盛んな俳諧活動を展開した。そして射和(いざわ)には、全国を行脚し、各地の俳壇に多大の影響を与えた大淀三千風(おおよどみちかぜ)が出た。

三重の国学と漢詩文

江戸時代の三重の国学者としては谷川士清(ことすが)、荒木田久老(ひさおゆ)、足代弘訓(あじろひろのり)、黒沢翁満(おきなまろ)、橘守部(もりべ)等々枚挙に暇がないが、偉大な国学者本居宣長(もとおりのりなが)を除いて語ることは出来ないだろう。彼は賀茂真淵(かものまぶち)とともに、国学の持つ思想性政治性と古典研究とを見事に調和させた数少ない学者である。また、彼はその活動の場を松阪に置き、鈴屋(すずのや)社中に全国の俊秀を集め、多くの国学者を育てた教育者としての功績も顕著である。
三重の漢詩文の隆盛は江戸中期に始まり、荻生徂徠(そらい)に学んだ神戸藩主本多忠統(ただむね)、伊藤東涯(とうがい)に学んだ奥田三角(さんかく)などが知られる。特に三角は三重県の詩壇に重要な位置を占め、門人八百人に及んだといわれる。江戸後期には、伊勢山田に山ロ凹巷(おうこう)が恒心杜を主宰し、すぐれた詩人を輩出している。文化・文政以降は県内全域に詩人・文人の数も多く、津藩の斎藤拙堂(せつどう)・津阪東陽(とうよう)・土井[ごう]牙(ごうが)など著名であり、多くの詩文集が出版された。

近代・現代

近現代の三重の文学

明治以降、中央集権が強まるとともに、地方のエネルギーは中央に集中していく傾向が生じる。例えば、斎藤緑雨(りょくう)、佐佐木信綱(のぶつな)などは、早くから東京に出て活躍した。それらの文学者の作品には多くふるさとが語られ、ふるさと三重の地は、その文学の基盤となっている。また、そうした流れのほかに、県内で地道に作品を発表してきた人々の多彩な文学活動を忘れることもできない。
一方では、三島由紀夫や梶井基次郎などのように、三重県を舞台に作品を残している作家も多く、豊かな文学の世界がそこには展開されている。

文学コーナーでは、これら様々な三重県にゆかりの作家たちの資料をできる限り収集、保存していきたいと考えています。

 

三重の文学年表

西暦元号事項
712年和銅五年太安万侶(おおのやすまろ)撰『古事記』成る(倭建命(やまとたけるのみこと)と三重)。
713年和銅六年『風土記』編集(逸文伊勢・志摩・伊賀)。
759年天平宝字三年『万葉集』この年以後成る(大伯皇女(おおくのひめみこ)の歌など)。
905年延喜五年『伊勢物語』この年以後成る(狩の使)。
951年天暦五年『大和物語』このころ成る(斎宮柔子内親王の物語など)。
977年貞元二年斎宮女御徽子(きし)、娘と伊勢斎宮に下向(『斎宮女御(にょうご)集』)。
1120年保安元年『今昔物語集』この年以後成る(水銀堀りと地蔵の話など)。
1180年治承四年西行法師、このころ伊勢二見浦に草庵を結ぶ。
1186年文治二年鴨長明『伊勢記』の旅(日永・阿漕・雲出・二見など)。
1218年建保六年『平家物語』の原型このころ成る(殿上の闇討)。
1291年正応四年後深草院二条、神宮参拝(『とはずがたり』)。
1363年正平十八年観阿弥、この年の前後に、名張小波田にて創座。
1371年建徳二年『太平記』このころ成る(結城宗広の事)。
1524年大永四年連歌師宗長、亀山に五十日間逗留(『宗長手記』)。
1540年天文九年荒木田守武(もりたけ)『守武千句』成る。
1672年寛文十二年芭蕉、上野天満宮に『貝おほひ』(俳諧)を奉納。
1690年元禄三年大淀三千風(みちかぜ)編『日本行脚文集』(俳諧・紀行)刊。
1698年元禄十一年中川乙由(おつゆう)・反朱(はんしゅ)編『伊勢新百韻』(俳諧)刊。
1704年元禄十七年岩田涼菟(りょうと)編『山中集』(俳諧)刊。
1709年宝永六年この年までに、服部土芳(どほう)『三冊子』(俳諧)成立。
1761年宝暦十一年三浦樗良(ちょら)、熊野新鹿(あたしか)にあって『ふたまた川』(俳諧)を編む。
1770年明和七年南川金渓(きんけい)『閑散余録』(随筆)成立。
1773年安永二年谷川士清(ことすが)『和訓栞(しおり)』出版計画が起こる。
1796年寛政八年七月、『伊勢音頭恋寝刃(こいのねたば)』(歌舞伎)、大阪で初演。
1798年寛政十年本居宣長『古事記伝』(国学)四十四巻完成。
荒木田久老(ひさおゆ)『万葉考槻落葉(つきのおちば)』(国学)刊。
1808年文化五年本居春庭『詞八衢(ことばのやちまた)』(語学)刊。
1841年天保十二年足代弘訓(ひろのり)編『詞(ことば)の重波(しきなみ)』(辞書)成立。
1852年嘉永五年斎藤拙堂(せつどう)、『月瀬記勝(つきがせきしょう)』(漢文・紀行)刊。
1874年明治7年 歌人・橘糸重、母に伴われ、亀山から一歳で上京。 
1876年明治9年斎藤緑雨、鈴鹿神戸から十歳で上京。
1878年明治11年伊勢新聞創刊。
1880年明治13年俳誌『俳諧友雅新報』(津)創刊。
1882年明治15年佐佐木弘綱、十一歳の信綱をつれて上京。
1892年 明治25年 歌誌『はま荻』(亀山)創刊。 
1893年明治26年歌誌『ひとふし』(鈴鹿)創刊。
1898年明治31年田山花袋、三重県各地を歩く。(『南船北馬』)。
柳田国男、神島へ渡る(「伊勢の海」)。
1902年明治35年俳誌『くじら』(熊野)創刊。
1903年明治36年佐佐木信綱、歌集『思草(おもいぐさ)』刊。
1906年明治39年伊良子清白、「安乗(あのり)の稚児」を含む詩集『孔雀船』刊。
与謝野寛・北原白秋ら、桑名・鳥羽経由、紀州への旅。
1907年明治40年『かたばみ』(松阪)創刊。
1910年明治43年泉鏡花、前年の桑名の旅をもとに「歌行燈」。
1912年明治45年折ロ信夫(釈迢空)、志摩大王崎を経て熊野路の旅。
1917年大正6年中里介山、伊勢へ(『大菩薩峠』間の山の巻)。
1922年大正11年伊良子清白、御浜町市木から鳥羽小浜に移る。
1923年大正12年横光利一「蝿」「日輪」で文壇にデビュー。
1925年大正14年梶井基次郎、前年の松阪滞在をもとに「城のある町にて」。
1926年大正15年江戸川乱歩「パノラマ島奇談」(鳥羽の離島が舞台のモデル)。
1928年昭和3年三谷蘆華ら、歌誌『鳥人』(四日市)創刊。
1929年昭和4年北園克衛、詩集『白のアルバム』刊。
俳誌『浜萩』(鈴鹿)創刊。
1930年昭和5年歌人・稲森宗太郎、二十九歳で病没、歌集『水枕』刊。
1932年昭和7年丹羽文雄「鮎」を発表し、四日市から上京。
1933年昭和8年岩本修蔵、詩集『青の秘密』刊。
『郷土』(伊賀)創刊。
1934年昭和9年志賀直哉「菰野」。
三重文芸協会『三重文芸』創刊。
1935年昭和10年生方たつゑ、歌集『山花集』刊。
1936年昭和11年梅川文男「老人」を『三重文学』に発表。
1937年 昭和12年 佐佐木信綱、文化勲章受章。
尾崎一雄「暢氣(のんき)眼鏡」他で芥川賞。 
1938年 昭和13年 今井貞吉「鄙歌(ひなうた)」。 
1939年昭和14年長谷川素逝、句集『砲車』刊。
1941年昭和16年俳句弾圧事件で嶋田青峰検挙される。
1942年昭和17年三重県翼賛歌人会、同翼賛俳句協会設立。
1945年昭和20年詩人・竹内浩三、フィリピンにて二十三歳で戦死。
1947年昭和22年田村泰次郎「肉体の門」が爆発的人気。
『故郷』(津)、『山望』(伊賀)、詩誌『詩表現』(伊勢)創刊。
1948年昭和23年山口誓子ら、俳誌『天狼』(天理)創刊。
橋本鷄二、句集『年輪』刊。
駒田信二「脱出」。
1949年 昭和24年 『関西派』(伊賀)創刊。
津番傘川柳会設立。 
1950年昭和25年四日市の東亜紡泊工場で生活記録運動はじまる。
詩誌『三重詩人』(松阪)創刊(翌年分裂し、詩誌『暦象』(松阪)も創刊)。
1952年昭和27年濱口長生、詩集『漁民悲歌』刊。
中野嘉一、詩集『春の病暦』刊。
1953年昭和28年山口誓子、鈴鹿、鼓ケ浦を去り、西宮へ。
1954年昭和29年三島由紀夫『潮騒』(鳥羽 神島が舞台)刊。
柳誌『川柳三重』創刊。
1956年昭和31年近藤啓太郎「海人舟」で芥川賞。
1957年昭和32年橋本鷄二、俳誌『年輪』(名古屋)創刊。
山中智恵子、歌集『空間格子』刊。
1958年 昭和33年 『序章』(伊勢)、『辻』(津)創刊。 
1961年昭和36年中谷孝雄、評伝『梶井基次郎』刊。
清水信、評論「当世文人気質」で近代文学賞。
伊藤桂一「螢の河」で直木賞。
1962年昭和37年錦米次郎、詩集『百姓の死』刊。
1963年昭和38年『アイオロス』(津)、『文宴』(津)創刊。
1964年昭和39年『伊勢湾文学』(四日市)創刊。
1965年昭和40年岸宏子『ある開花』刊。
詩誌『原始林』(津)創刊。
1966年昭和41年『海』(四日市)創刊。
1967年昭和42年岡野弘彦、歌集『冬の家族』刊。
1968年昭和43年井上靖、大黒屋光太夫を描いた『おろしや国酔夢譚』刊。
『二角獣』(津)創刊。
1969年昭和44年詩誌『石の詩』(伊勢)、『火涼』(鈴鹿)、三重県芸術文化協会『芸術三重』創刊。
1970年昭和45年石垣りん、四日市公害をテーマにした構成詩「あやまち」テレビ放映。
1971年昭和46年三重県文化奨励賞、文学新人賞を創設。
1974年昭和49年足立巻一『やちまた』(本居春庭評伝)刊。
1976年 昭和51年 中野嘉一「前衛詩運動史の研究」で日本詩人クラブ賞。 
1977年昭和52年中上健次、ルポ「紀州 木の国・根の国物語」連載はじまる。
小林秀雄『本居宣長』刊。
丹羽文雄、文化勲章受章。
1978年昭和53年尾崎一雄、文化勲章受章。
1980年 昭和55年 生方たつゑ「野分のやうに」で迢空賞。 
1981年 昭和56年 詩誌『みえ現代詩』(津)創刊。 
1983年昭和58年女性同人誌『あしたば』(津)、『教育文芸みえ』創刊。
1984年昭和59年李正子(イ・チョンジャ)、歌集『鳳仙花(ポンソナ)のうた』刊。
伊藤桂一「帰郷」。
1985年 昭和60年 山中智恵子「星肆(ほしくら)」で迢空賞。 
1988年昭和63年高井有一、斎藤緑雨を軸にした『塵の都に』刊。
『海牛』(津)創刊。
1992年 平成4年 『勢陽』(伊勢)創刊。 
1994年平成6年笙野頼子「タイムスリップ・コンビナート」で芥川賞。
北村けんじ「しいの木のひみつのはなし」でひろすけ童話賞。
1995年 平成7年 赤瀬川隼「白球残映」で直木賞。
『伊賀百筆』(伊賀)創刊。 
1997年 平成9年 北村保「伊賀の奥」で俳人協会新人賞。 
1998年 平成10年 車谷長吉「赤目四十八瀧心中未遂」で直木賞。 
2006年平成18年伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」で芥川賞。
2009年 平成21年 三浦しをん『神去なあなあ日常』(津 美杉町が舞台のモデル)刊。
中村安希「インパラの朝」で開高健ノンフィクション賞。 
2010年 平成22年 大辻隆弘「アララギの脊梁」で日本歌人クラブ評論賞。 
2011年 平成23年 水谷竹秀「日本を捨てた男たち」で開高健ノンフィクション賞。
稲葉真弓「半島へ」(志摩半島が舞台)で谷崎潤一郎賞。 
2012年 平成24年 中村雅樹「俳人 橋本鷄二」で俳人協会評論賞。 
2013年 平成25年 岡野弘彦、文化功労者に選出。 
2014年 平成26年 北川朱実「ラムネの瓶、錆びた炭酸ガスのばくはつ」で詩歌文学館賞。 
2015年 平成27年 村上しいこ「うたうとは小さないのちひろいあげ」で野間児童文芸賞。