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企画

 
展示情報(企画)
123
2014/11/07

第34回企画展「みえを旅する-三重の文学地図-」

| by システム担当者

平成26年は、三重県生まれの俳聖・松尾芭蕉の生誕370年や、作家・江戸川乱歩の生誕120年の節目の年に当たります。また、「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産登録されて10年目を迎えています。「松尾芭蕉」「江戸川乱歩」の文学作品に加え、近代・現代を中心に「伊勢」や「熊野」など三重県に関わりのある作品や作家の資料を展示するとともに、三重県の文学と関わりのある古典籍を紹介します。

展示1「三重の古典籍」  

書名著者名出版者発行年
萬葉集略解 3巻上橘 千陰/著永楽屋1796
校本万葉集 1佐々木 信綱/編校本万葉集刊行会1925
古事記伝 巻1 再校本居 宣長/著永楽屋東四郎1844
古事記伝 巻2 再校本居 宣長/著永楽屋東四郎1844
源氏物語玉の小櫛 1本居 宣長/著須原茂兵衛 
日本書紀通証 巻1谷川 士清/著五條天神宮1762
和訓栞 1谷川 士清/著須原屋茂兵衛 
伊勢物語拾穂抄 3北村 季吟/著長尾平兵衛1680

展示2「松尾芭蕉」

書名著者名出版者発行年
猿簔集 正 続松尾芭蕉/著 1698
泊船集 上松尾 芭蕉/著 風国/編井筒屋庄兵衛1698
泊船集 中松尾 芭蕉/著 風国/編井筒屋庄兵衛1698
泊船集 下松尾 芭蕉/著 風国/編井筒屋庄兵衛1698
奥の細道松尾芭蕉/著洛陽蕉門書林1789
俳人百家撰緑亭 川柳/輯甘泉堂1855

展示3「江戸時代の旅絵図」  

書名著者名出版者発行年
伊勢参宮名所図会 1 菱屋孫兵衛1797
伊勢参宮名所図会 2 菱屋孫兵衛1797
伊勢参宮名所図会 3 菱屋孫兵衛1797
伊勢参宮名所図会 4 菱屋孫兵衛1797
伊勢参宮名所図会 5 菱屋孫兵衛1797
伊勢参宮名所図会 6 菱屋孫兵衛1797
東海道名所圖會 一~二 柳原喜兵衛1797
熊野名勝図画 1鈴木 芙蓉/著須原屋茂兵衛1801
熊野名勝図画 2鈴木 芙蓉/著須原屋茂兵衛1801
大日本道中行程細見記大全酔雅子/[編]吉文字屋市左衛門1804

展示4「伊勢と熊野の文学」

書名著者名出版者発行年
大日本輿地便覧 乾山崎 義故/著山崎義故1834
大日本輿地便覧 坤山崎 義故/著山崎義故1834
勢陽遊紀熊谷 了庵/著中村孫兵衛1678
勢遊志伊藤 東涯/著野田 彌兵衛1730
西遊紀程 上大槻 磐溪/著勝村治右衛門1831
西遊紀程 下大槻 磐溪/著勝村治右衛門1831
伊勢紀行 寝轉草

向井 去来/著

内藤 丈草/著

柿壽窓1850
西行全集

[西行/著]

久保田 淳/編

日本古典文学会内貴重本刊行会1990
俳諧之連歌獨吟千句[荒木田 守武/著] 1652
尾崎一雄第一小説集尾崎一雄/著砂子屋書房1938
拙堂紀行文詩 上斎藤 拙堂/著拙堂会1931
拙堂紀行文詩 下斎藤 拙堂/著拙堂会1931
山岳紀行六種 [1]松浦 武四郎/著大修館書店1978
山岳紀行六種 [2]松浦 武四郎/著大修館書店1978
山岳紀行六種 [3]松浦 武四郎/著大修館書店1978
山岳紀行六種 [4]松浦 武四郎/著大修館書店1978
山岳紀行六種 [5]松浦 武四郎/著大修館書店1978
山岳紀行六種 [6]松浦 武四郎/著大修館書店1978
南船北馬田山 禄弥/著博文館1899
孔雀船伊良子 清白/著左久良書房1906
海やまのあひだ釈 迢空/著改造社1925
独石馬宮 柊二/著白玉書房1983

展示5「三重の文学」

書名著者名出版者発行年
名張少女田山 花袋/著岡村書店1930
荒木又右衛門長谷川 伸/著新小説社1935
檸檬梶井 基次郎/著十字屋書店1940
遠星山口 誓子/著創元社1947
梟の城司馬 遼太郎/〔著〕講談社1959
潮騒三島 由紀夫/著新潮社1954
斎藤緑雨全集 巻5斎藤 緑雨/[著]筑摩書房1997

展示6「江戸川乱歩」  

書名著者名出版者発行年
[江戸川乱歩自筆色紙]江戸川 乱歩/[自筆]  
黒い虹江戸川 乱歩/[自筆] [1934]
黒い虹江戸川 乱歩/[ほか著]春陽堂書店1993
別冊宝石 42号(第7巻第9号) 岩谷書店1954
犯罪幻想江戸川 乱歩/著東京創元社1956
探偵小説四十年江戸川 乱歩/著桃源社1961
貼雑年譜江戸川 乱歩/著講談社1989
乱歩文献データブック

平井 隆太郎/監修

中島 河太郎/監修

名張市立図書館1997

展示期間 平成26年11月7日(金)~12月7日(日)
〒514-0061 津市一身田上津部田1234番地 
三重県立図書館 資料調査課
(TEL 059-233-1180)
ご意見・ご感想はmailto:mie-lib@milai.pref.mie.jpまで


13:53
2013/09/20

第33回企画展「伊勢参宮」

| by システム担当者

伊勢神宮にお参りすることを「参宮」といいます。庶民の間で旅が親しまれた江戸時代において、参宮は憧れの対象でした。平成25年の10月には、式年遷宮の中核をなす祭儀である「遷御」が行われ、式年遷宮がクライマックスを迎えます。三重県立図書館では、20年に一度の遷宮が行われる節目の年に、所蔵資料の展示を通じて、伊勢参宮に対する興味や関心を深める機会を提供していきたいと考えています。

展示1「御師」

神宮に参詣者を導いた「御師」の資料を展示しています。

書名著者名出版者
伊勢暦 嘉永3庚戌暦 瀬川舎人
伊勢御師定宿繁栄講  
御師考証足代弘訓/著 
三日市太夫次郎邸宅之図  
麦林集 上中川乙由/著橘屋治兵衛
麦林集 中中川乙由/著橘屋治兵衛
麦林集 下中川乙由/著橘屋治兵衛
画賛句幅(文学コーナー資料:中川乙由)  
梅花句画讃幅(文学コーナー資料:中川乙由)  

展示2「名所図絵」

江戸時代の挿絵入りの地誌「名所図絵」を展示しています。

書名著者名出版者
伊勢参宮名所図会 1 菱屋孫兵衛
伊勢参宮名所図会 2 菱屋孫兵衛
伊勢参宮名所図会 3 菱屋孫兵衛
伊勢参宮名所図会 4 菱屋孫兵衛
伊勢参宮名所図会 5 菱屋孫兵衛
伊勢参宮名所図会 6 菱屋孫兵衛
東海道名所圖會 一~二秋里籬島/編著柳原喜兵衛

展示3「旅の案内」  

旅の案内書として活用された本を展示しています。

書名著者名出版者
伊勢参宮按内記 上藤原長兵衛/著今井喜兵衛
伊勢参宮按内記 下藤原長兵衛/著今井喜兵衛
新撰伊勢道中細見記 本屋七郎兵衛
伊勢参宮細見大全芙蓉山人/著八文字屋八左衛門
神都名勝誌 4東吉貞/編神宮司庁

展示4「神宮参拝記」

神宮参拝の記録を展示しています。

書名著者名出版者
伊勢太神宮参詣記坂十仏/著武村市兵衛
佐野能和多理宗碩/著勝村治右衛門
伊勢紀行向井去来/著柿壽窓
勢遊志伊藤東涯/著野田彌兵衛

展示5「古絵図」

明治期の神宮に関する古絵図を展示しています。

展示6「古地図・末社」

古地図および神宮末社に関する本を展示しています。

書名著者名出版者
伊勢国細見図 山崎與三兵衛
両宮摂末社順拝絵図高山孝重/図 
伊勢末社伝記 永田長兵衛
三重縣名所図繪米津鎌治郎/編纂伊勢新聞社

展示7「参宮と言葉」  

参宮に関わりのある俳句・長唄・狂歌の本を展示しています。

書名著者名出版者
芭蕉真蹟掛軸「蛤の」画付色紙(複製) 学研
誓子句碑アルバム丘本風彦/編集誓子句碑アルバム刊行会
青銅山口誓子/著春秋社
伊勢参宮佐佐木信綱/著武藤書店
狂詠五十鈴川(文学コーナー資料)  

展示8「伊勢の人」

現在の伊勢市出身者の作品を展示しています。

書名著者名出版者
尾崎一雄第一小説集尾崎一雄/著砂子屋書房
色紙(文学コーナー資料:尾崎一雄)  
世中百首荒木田守武/著藤原長兵衛
北園克衛/著民族社
愚の旗 限定版竹内浩三/著松島こう

展示期間 平成25年9月20日(金)~11月10日(日)
〒514-0061 津市一身田上津部田1234番地 
三重県立図書館 資料調査課
(TEL 059-233-1180)
ご意見・ご感想は mie-lib@library.pref.mie.jpまで


14:09
2011/11/26

第32回企画展「田村泰次郎ここにあり-田村泰次郎生誕百周年記念-」

| by システム担当者

三重県立図書館は、1993(平成5)年に泰次郎夫人・田村美好様より約9,000点に及ぶ貴重な資料の寄贈を受けました。いただいた資料は、田村文庫として大切に保存するとともに、研究者の調査研究の利用に供しています。
また、文学コーナーにおいて、1995(平成7年)、2003(平成15)年、2008(平成20)年に、田村泰次郎展を開催してきましたが、2011(平成23)年は田村泰次郎の生誕百周年にあたりますので、改めて、郷土出身の偉大な小説家・田村泰次郎をご紹介します。企画展示を通して一人でも多くの方に、田村泰次郎の魅力をお伝えできましたら幸いです。


泰次郎展示

田村泰次郎の略歴

1911(明治44)年11月30日 ~1983(昭和58)11月2日

三重郡富田村(現・四日市市)に出身。早稲田大学仏文科卒業。在学中から小説を書き始め、同人雑誌「東京派」「新科学的文芸」「桜」などに小説や評論を発表。1934(昭和9)年早大卒後、小説「選手」によって、文壇に登場、以後、めざましい活動をし文壇に確固たる地歩を固める。1940(昭和15)年に応召、中国各地を転戦して、1946(昭  和21)年に帰国。同年9月の『肉体の悪魔』と翌年3月の『肉体の門』で“肉体文学”の人気作家に。その後も『春婦伝』『女拓』『蝗(いなご)』などを発表したが、「肉体の解放こそ人間の解放」という従軍体験から得た主張は衝撃的で『肉体の門』など作品の一部は映画化されて評判を呼んだ。また、美術評論家連盟に所属し、美術品収集家としても知られた。

『新訂 作家・小説家人名事典』(日外アソシエーツ発行 2002年)より

展示資料

展示ケース1 揺籃のとき

  • 富田尋常高等小学校児童手帖
  • 写真2点(幼少期)
  • 写真3点(富田中学時代)
  • 絵画4点(富田中学時代)
泰次郎展 写真

展示ケース2 青衫のとき

  • 「羅女奈土(ラメナド)」
  • 同人誌「東京派」 2点
  • 同人誌「新科学的」
  • 早稲田大学劇研究会脚本朗読会チラシ
  • 写真1点(「新国劇の人たちと市村座にて」)
  • 大入袋(市村座)
  • 早稲田大学仏蘭西語学科劇「入れ札」チラシ
  • 早稲田大学卒業証明書
泰次郎展 写真

展示ケース3 純情と無頼のとき

  • 『新潮』 昭和9年4月号
  • 『人民文庫』 4点
  • 『大学』 田村泰次郎著 東亜公論者発行 1929年
  • 『少女』 田村泰次郎著 赤塚書房発行 1929年

展示ケース4 兵戎のとき

  • 日章旗
  • 天芳名録 (泰次郎壮行会 1940(昭和15)年4月28日 於レインボーグリル)
  • 写真2点 (「泰次郎(28歳)と母」「銃剣術試合で入賞したとき(31歳)」)
  • 『強い男』 田村泰次郎著 昭和書房発行 1940年
  • 『銃について』 田村泰次郎著 高山書房発行 1941年
  • 『銃について』の石川達三の序文(複写)
  • 治安強化和劇 「郷土英雄」
  • 善行證書
  • 軍事郵便(母宛て)2点
泰次郎展 写真

展示ケース5 飛翔と安定のとき

  • 『肉体の悪魔』 田村泰次郎著 実業之日本社発行 1947年
  • 『肉体の門』 田村泰次郎著 風雪社 1947年
  • 『春婦伝』 田村泰次郎著 銀座出版社発行 1947年
  • 『わが文壇青春記』 田村泰次郎著 新潮社発行 1963年
  • 『蝗』 田村泰次郎著 新潮社発行 1965年
  • 写真2点(「文藝春秋社忘年会」「家族写真」
泰次郎展 写真(本)

展示ケース6 泰次郎と映画

  • 「肉体の門」の映画ポスター(パネル) 1988(昭和63)年
  • 「田村泰次郎と映画 -映画化された作品の数々-」(パネル)
  • 「肉体の門四度目の映画化」(雑誌『酒林』第15号より複写)
  • 「肉体の門」の映画パンフレット 1948年
  • 「肉体の門」の映画宣伝資料 1948年
  • 『写真2点(「泰次郎と映画俳優たち」「泰次郎は原節子のファンであった」)

展示ケース7 泰次郎と書

  • 書 田村泰次郎書 2点(「原点」「道」)
  • 色紙 田村泰次郎書 「蝶一つ金色の海に出てゆけり」
  • 色紙 田村泰次郎書 「山もあり谷もある世に生きんかな」
泰次郎展 写真

展示ケース8 泰次郎と芸術

  • 自画像ほか絵画4点
  • 『人間の街パリ』 田村泰次郎著 大日本雄弁会講談社発行 1957年
  • 裸婦レリーフ 鉄製ペーパーウェイト
  • 絵皿2点
  • 『銀座画廊物語』 吉井長三著 角川書店発行 2008年

展示ケース9 泰次郎と丹羽文雄

  • 葉書2点 (丹羽文雄から泰次郎宛て)
  • 写真1点
  • 「田村泰次郎のこと(丹羽文雄著)」(『銃について』より複写)
  • 「丹羽文雄さん(田村泰次郎著)」(日本経済新聞 1973(昭和48)年7月17日付けより複写)
  • 田村泰次郎ブロンズ像(北地莞爾作)
泰次郎展 写真

展示期間 平成23年11月26日(土)~12月18日(日)
〒514-0061 津市一身田上津部田1234番地 
三重県立図書館 情報相談課
(TEL 059-233-1180)
ご意見・ご感想は mie-lib@library.pref.mie.jpまで


14:23
2011/05/03

第31回企画展「竹内浩三展 五月のように-竹内浩三生誕90周年記念-」

| by システム担当者

竹内浩三は、1921(大正10)年に生まれてから戦争で亡くなるまでの23年間という短い生涯でしたが、自分の人生を精一杯生き、まんが、詩、日記、小説など私たちに多くのものを遺してくれました。竹内浩三の作品は時代をこえて私たちの心に届き、胸に響きます。生誕90周年にあたり、一人でも多くの方に竹内浩三の魅力を知っていただきたく、今回企画展示を開催いたしました。
なお、このたびの展示はごく一部のパネルと書籍を除き、ほとんどの資料が本居宣長記念館様よりお借りしたものです。
貴重な資料を快くお貸しくださいました本居宣長記念館様、ご尽力くださいました関係者の皆様に心からお礼申し上げます。



竹内浩三の略歴

1921(大正10)年5月12日 ~1945(昭和20)年4月9日

1921(大正10)年5月12日、宇治山田市(現伊勢市)に生まれる。父・竹内善兵衛、母・よし(芳子)。1928(昭和3)年、宇治山田市立明倫小学校に入学。浩三が11歳のときに、母・よしが亡くなる。1934(昭和9)年、三重県立宇治山田中学校に入学。中学校時代に同級の阪本楠彦、中井利亮等を誘って、『まんがのよろづや』などの手作りの回覧雑誌を作成。中学時代の友人たちが浩三について、「手がつけられぬほど陽気でお人好し」「笑い声を聞いていると教室中が笑い出す」と語っているように、明るく素直で心の温かい人物だったと思われる。1939(昭和14)年、宇治山田中学校卒業。上京して浪人生活を送るが、父・善兵衛が亡くなり、翌1940(昭和15)年、念願の日本大学専門部(現芸術学部)映画科に入学。1942(昭和17)年、在京中の宇治山田中学校時代の友人・中井利亮、野村一雄、土屋陽一と『伊勢文学』 を創刊。9月、日大専門部を半年間繰り上げて卒業し、10月1日、久居町(現津市)の中部第三十八部隊に入営。1943(昭和18)年9月、茨城県西筑波飛行場に新たに編成された滑空部隊に転属。1944(昭和19)年、1月1日から『筑波日記』の執筆を開始。12月、斬り込み隊員として比島に向かう。1945(昭和20)年、4月9日、昭和22年三重県庁の公報によれば「陸軍上等兵竹内浩三、比島バギオ北方一〇五二高地にて戦死」。享年23歳。

展示資料

本居宣長記念館所蔵資料

  • 「伊勢文学」創刊号から第十号
  • 「伊勢文学」同人名刺
  • 竹内浩三・同敏之助白石奉献写真
  • STUDENT’S SIDE READERS Ⅱ
  • 初等数学 算数・代数 続巻
  • 竹内浩三作品集
  • 竹内浩三集
  • アルバム
  • 呼出状
  • 身分証明書
  • 作文 花
  • 作文 批判
  • ビクター・レコード 洋楽総目録
  • 昭和十二年当用日記
  • 北方の蜂 創刊号
  • 浩三からの手紙 小林茂三氏宛
  • 美人画油絵
  • スケッチブック
  • 風景画油絵
  • 雨にもまけず オリジナルシナリオ
  • 天気のよい風船
  • 写真帳
  • 作品4番
  • 芸術について
  • 浩三からの手紙 姉宛
  • 詩集 培養土
  • 雷と火事。手紙。ふられ譚
  • 浩三からのはがき 姉宛
  • 横光利一集
  • 堀口大学集
  • 昭和詩鈔
  • 小遣帳
  • ハイゼ傑作抄
  • 花火
  • 筑波日記
  • 筑波日記 (2)
  • 浩三からのはがき 姉宛
  • 浩三からのはがき 姪宛
  • 死亡告知書・死亡認定理由書
  • 「皇室武運長久」と書かれたのぼり
  • 『竹内浩三楽書き詩集 -まんがのよろづや-』 原画1
  • 『竹内浩三楽書き詩集 -まんがのよろづや-』 原画2

三重県立図書館所蔵資料

  • 『愚の旗』(竹内浩三著 中井利亮編 松島こう発行 1956)
  • 『純白の花負いて -詩人竹内浩三の“筑波日記”-』(桑島玄二著 理論社 1980)
  • 『竹内浩三全集 1』(竹内浩三著 小林察編 新評論 1984)
  • 『竹内浩三全集 2』(竹内浩三著 小林察編 新評論 1984)
  • 『恋人の眼や ひょんと消ゆるや -戦没の天才詩人 竹内浩三-』(小林察著 新評論 1985)
  • 『竹内浩三をめぐる旅』(たかとう匡子著 編集工房ノア 1994)
  • 『愚の旗』(竹内浩三著 成星出版 1998)
  • 『ぼくもいくさに征くのだけれど』(稲泉連著 中央公論新社 2004)
  • 『竹内浩三楽書き詩集 -まんがのよろづや-』(竹内浩三絵・文 よしだみどり編 藤原書店 2005)
  • 『竹内浩三集』(竹内浩三文と絵 よしだみどり編 藤原書店 2006)
  • 『伊勢人 №158 特集:竹内浩三が見たNIPPON』(伊勢文化舎 2007)
  • 『八重垣』(松島博 松島こう子著 松島博発行 1986)
  • 『ヤマトヒメ・ラインを走る -中井利亮遺稿集-』(中井利亮著 中井信子発行 2003)
  • その他パネル等

五月のように

五月のように
竹内浩三
なんのために
ともかく 生きている
ともかく


どう生きるべきか
それは どえらい問題だ
それを一生考え 考えぬいてもはじまらん
考えれば 考えるほど理屈が多くなりこまる


こまる前に 次のことばを知ると得だ
歓喜して生きよ ヴィヴェ・ジョアイユウ
理屈を云う前に ヴィヴェ・ジョアイユウ
信ずることは めでたい
真を知りたければ信ぜよ
そこに真はいつでもある


弱い人よ
ボクも人一倍弱い
信を忘れ
そしてかなしくなる


信を忘れると
自分が空中にうき上がって
きわめてかなしい
信じよう
わけなしに信じよう
わるいことをすると
自分が一番かなしくなる
だから
誰でもいいことをしたがっている
でも 弱いので
ああ 弱いので
ついつい わるいことをしてしまう
すると たまらない
まったくたまらない


自分がかわいそうになって
えんえんと泣いてみるが
それもうそのような気がして
あゝ 神さん
ひとを信じよう
ひとを愛しよう
そしていいことをうんとしよう


青空のように
五月のように
みんなが
みんなで
愉快に生きよう


『日本が見えない -竹内浩三全作品集-』(竹内浩三著 小林察編 藤原書店 2001年発行)より


展示期間 平成23年5月3日(火)~12日(木)
〒514-0061 津市一身田上津部田1234番地 
三重県立図書館 情報相談課
(TEL 059-233-1180)
ご意見・ご感想は mie-lib@library.pref.mie.jpまで


15:27
2009/07/07

第29回企画展「芥川賞・直木賞を受賞した三重県ゆかりの文学者たち」

| by システム担当者

三重県にゆかりのある7名の作家と受賞作を紹介します。

芥川賞

尾崎一雄

1899-1983 宇治山田町(現・伊勢市)生まれ

作品名暢気眼鏡
受賞年度第5回 1937年(S12)上半期
掲載誌名「人物評論」第1年10号(S8年12月号

中山 義秀

1900-1969 津市の三重県立津中学校で英語教師を務めた。第39回(1958年上半期)~第61回(1969年下半期)直木賞選考委員。

作品名厚物咲
受賞年度第7回 1938年(S13)上半期
掲載誌名「文學界」(S13年4月号)

近藤 啓太郎

1920- 四日市市生まれ。「飛魚」で第24回、「盛粧」で第26回、「黒南風」で第28回芥川賞候補。

作品名海人舟
受賞年度第35回 1956年(S31)上半期
掲載誌名「文學界」(S31年2月号)

笙野 頼子

1956- 四日市市生まれ、高校卒業まで伊勢市で育つ。「二百回忌」で第110回芥川賞候補。

作品名タイムスリップ・コンビナート
受賞年度第111回 1994年(H6)上半期
掲載誌名「文學界」(H6年6月号)、※同時受賞 室井光広「おどるでく」

伊藤 たかみ

1971- 小6から高卒後の浪人時代までを名張市で過ごす。「無花果カレーライス」で第133回、「ボギー、愛しているか」で第134回芥川賞候補。

作品名八月の路上に捨てる
受賞年度第135回 2006年(H18)上半期
掲載誌名「文學界」(H18年6月号)

直木賞

伊藤 桂一

1917- 三重郡神前村(現・四日市市)生まれ。「最後の戦闘機」で第33回直木賞候補、「黄土の記憶」で第45回芥川賞候補。

作品名蛍の河
受賞年度第46回 1961年(S36)下半期
掲載誌名「近代説話」8号(S36年10月号)

赤瀬川 隼

1931- 四日市市生まれ。「捕手はまだか」で第88回、「潮もかなひぬ」で第90回、「影のプレーヤー」で第92回、「オールド・ルーキー」その他二篇で第98回直木賞候補。また弟の尾辻克彦(赤瀬川原平)は「父が消えた」で第84回芥川賞を受賞。

作品名白球残映
受賞年度第113回 1995年(H7)上半期
掲載誌名1995文藝春秋発行、同タイトル単行本

その他

中谷孝雄

1901-1995 一志郡七栗村(現・津市)出身。「春の絵巻」で第6回芥川賞候補

丹羽文雄

1904-2005 四日市市生まれ。
第21回(1949年上半期)~第92回(1984年下半期)芥川賞選考委員。

横光利一

1898-1947 上野市(現・伊賀市)生まれ。
第1回(1935年上半期)~第20回(1944年下半期)芥川賞選考委員、
第10回(1939年下半期)~第13回(1941年上半期)直木賞選考委員。


展示期間 平成21年7月7日(火)から7月30日(木)まで
〒514-0061 津市一身田上津部田1234番地
三重県立図書館 情報相談課
(TEL 059-233-1180)
ご意見・ご感想はmailto:mie-lib@milai.pref.mie.jpまで


16:02
2008/09/06

第28回企画展「農民詩人・錦米次郎」

| by システム担当者

1 略歴

錦米次郎

錦米次郎は1914(大正3)年6月28日三重県飯南郡伊勢寺村野村(現松阪市)に農家の次男として生まれた。高等小学校を卒業した後、京都三条の西陣帯地問屋に丁稚として働いていた。兄の急死により帰農して、郷土の短歌誌などに投稿している。1934(昭和9)年、伏見騎兵二十連隊に入営し、2年後に除隊した。1937(昭和12)年に召集を受け、戦場にて三重県出身の農民運動の闘士野口平民を訪ねて意気投合し、厭戦的となり、戦場通信などを郷里の友人などに送っている。1939(昭和14)年に召集解除されたが、1944(昭和19)年に再召集され、ベトナムに派遣され終戦を迎える。その間、島木健作の『生活の探求』、松田甚次郎の『土に生きる』や小熊秀雄を読む。1946(昭和21)年4月に復員し、創刊間もない『コスモス』(秋山清編集)に接し、これに投稿を始める。一時、村の農業会職員となり、青年たちと郷土新聞を出し、反戦平和活動を展開している。1947(昭和22)年に第一詩集『日録』を出版している。また、花岡供米事件が起こり、公判を傍聴し、詩「花岡供米事件」を書いている。1949(昭和24)年に第二詩集『旅宿帳』を出版し、この年、『コスモス』同人となる。1950(昭和25)年に『三重詩人』を創刊し、第8号まで出し、のち浜口長生らと第二次『三重詩人』を創刊した。また、『詩と詩人』の同人となり、民主主義詩の創造を目指し活動した。1954(昭和29)年に県下の青年美術家集団と共同し、反戦平和のための詩と絵の展覧会を3都市にて開催して、松川事件特集号を出し、県平和祭に詩劇をもって参加する。1957(昭和32)年に復刊『コスモス』の同人となり、また、新日本文学会員、中日詩人会員となる。1962(昭和37)年に第三詩集『百姓の死』を出版し、中日詩人賞を受賞する。1979(昭和54)年に中日詩人会会長に就任し、1992(平成4)年には三重県詩人クラブ代表に就任した。2000(平成12)年2月12日、85歳の生涯を閉じた。

2 反戦詩

錦米次郎の作品のうち反戦詩と呼ばれるものは、戦中戦後の一時期をのぞいて見られず、彼の全作品を通して見ればむしろ非常に少ないと言える。彼の詩は、反戦詩とはいうものの、声高に反戦を叫ぶものではなく、直接的に血塗られた戦争の悲惨さを語るものでもない。多くは客観的な事物の描写を通して、読むものの心に訴えかける静かな詩である。 第三詩集『百姓の死』の中の「光と影について」では、1945(昭和20)年8月6日に原爆を投下され焼き尽くされたヒロシマをうたっている。


「空が光ったとおもったら倒壊していただろう。
光ったとおもったら
皮膚がぶらんぶらんさがったろう。
頭も頬っぺたも、つるんつるん
赤剥けの血むけだったろう。
そいつらが泳ぐようにさまよっていたろう。
そこら中、火の海だったろう。
パン竃の中のパンどものように
ぶくぶくにふくれたのが
ごろごろ、道路にころがっていたろう。
そいつらから黒い脂がにじんでいたろう。
それは君の母であり妹であった。
父であり子供たちであった。
それは私の友でさえあった。
一九四五年八月六日
君もあの閃光を記憶する-。
あそこの銀行の花崗岩の上に残された
考える男、ロダンではない。
マチス、ピカソ彼らにもこれほど描けはしなかった。
あの影は誰が刻んだのか。
その街がその日どんな風だったか。」
(「光と影について」錦米次郎著より抜粋)

3 農村と農民を描いた詩

錦米次郎の真骨頂は、やはり農民としてのものである。農民の置かれた立場がどのようなものであったかのみならず、その位置を農民自身がどのように認識してきたかを鋭く訴えている。


1962(昭和37)年、中日詩人賞に輝いた第三詩集『百姓の死』の序で中野重治が錦米次郎について以下のとおり評している。

「錦という人は、私には第一に百姓である。農民といっても無論いいが、農民は農民でも古い百姓という言葉のあてはまるような人間である。(中略)彼の話もいっこうハイカラでない。(中略)錦の世界にはほんとに百姓らしいユーモアもある。(中略)面白い世界もある。(中略)むろんこのへんは、どこまで行っても百姓の苦痛から来ている。それも、『牛が沼田で苦しむそのような』苦痛であり、錦本人が、『いまは凍っている田土の中で考え』ている『田螺』そのものだといったところから来ているにちがいない。」
(詩集『百姓の死』錦米次郎著、序に寄せて・中野重治より抜粋)


また、1966(昭和41)年に発行された『詩の中にめざめる日本』(真壁仁編,岩波新書)に「根土」が収録され、1969(昭和44)年に発行された『土の詩・ふるさとの詩』(伊藤信吉編)に「菜種田にて」「新しい種」「新浦島譚」「銭の村」「収穫記」「百姓の死」が収録されている。


4 社会問題を描いた詩

錦米次郎と妻

錦米次郎は多くの社会問題を描いた作品を残している。彼の心は、農民から土地を奪い、自然を破壊するものに対し激しい怒りとなって噴出する。 
昭和の高度成長期に四日市の石油化学コンビナートが、かつて農地であった土地の上に巨大な姿を現し、公害の発生源となる。 彼は、化学工場群の一角にあるクラレ油化株式会社(現三菱化学株式会社)のプラントを訪れ、赤錆びた廃液が流れ出るままに放置された幾つかのドラム缶を見て、1973(昭和48)年6月にルポ「クラレ油化行」を発表している。また、この頃『三重詩人』85集においても、エッセイ「われわれにとって四日市とは何か」を発表している。
成田空港建設においては、国家権力による農民の土地収用に抗議して、三里塚に馳せ参じている。『三重詩人』107集掲載の「道」にこの時の様子が描かれている。
彼の晩年の戦いは、芦浜原子力発電所建設反対運動であった。彼は「芦浜行」という作品の中で、原発反対を訴えている。


展示資料

  1. 詩集
    『日録』(1947)、『旅宿帳』(1949)、『百姓の死』(1977)、『錦米次郎全詩集』(1998)
  2. エッセイ集
    『百姓の死』(1977)
  3. 同人参加誌
    『三重詩人』、『新日本文学』、『コスモス』、『幻野』
  4. 寄稿誌
    『現代詩』、『農民文学』、『原詩人』
  5. 掲載詩集
    『三重県詩人集』、『中部日本詩集』、『詩の中にめざめる日本』、『近代詩集(三)』
  6. 日記
  7. 詩ノート
  8. 従軍手帳
  9. 軍隊手帳
  10. 農民文学特別賞(表彰状、楯)
  11. 書 2点
  12. 原稿(「豚と牝牛」、「南京戦記-わが軍隊手帳」)
  13. 松阪市内中学校-詩「城址」研究授業の実践資料
  14. 中支戦場の作品ノート(写し)
  15. 写真

展示期間 平成20年9月6日(土)~平成20年9月21日(日)
〒514-0061 津市一身田上津部田1234番地 
三重県立図書館 情報相談課
(TEL 059-233-1180)
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16:36
2008/07/05

第27回企画展「田村泰次郎と戦争」

| by システム担当者

1 戦前の略歴

1911(明治44)年11月30日三重県三重郡富田村(現四日市市)に父左衛士、母明世の次男として生まれた。1924(大正13)年に旧制三重県立富田中学校(現四日市高等学校)に入学し、1929(昭和4)年に卒業した。1929(昭和4)年に早稲田大学に入学し、在学中から小説を書き始め、同人雑誌『東京派』『新科学的文芸』『桜』などに小説や論評を発表する。1934(昭和9)年早大卒業後、小説『選手』によって文壇に登場、以後めざましい活動をし、文壇に確固たる地歩を固める。

2 戦中期

(1)軍歴

1940(昭和15)年5月、29歳で陸軍に召集される。久居33連隊で教育訓練ののち、同年11月、再召集で京都深草の連隊に配属、二等兵として中国山西省に出征、その後、敗戦まで中国大陸を転戦している。1945(昭和20)年河南省保定で国府軍の武装解除を受ける。戦地では幹部候補生試験を拒否して、一兵卒のまま過ごし、軍曹で敗戦を迎えた。

(2)和平劇団

田村は北支派遣・独立混成第四旅団(独立歩兵第13大隊)の政治工作班に所属していた。宣撫班員(宣伝活動員)として、中国人俳優を使った「和平劇団」を組織し、中国人民と深く関わっていた。田村がこの劇団のために書いた「治安強化話劇 郷土英雄」という脚本を、三重県立図書館の田村泰次郎文庫で保存している。

(3)軍事郵便

田村の書いた書簡は、三重県立図書館の田村泰次郎文庫に56通保存されている。そのうち、戦地から家族にあてた書簡は52通ある。その大半は軍事郵便のため、発信地や発信日は不明である。なかには偽名を使っているものがあり、当時の情勢を窺い知ることができる。発信時期は家族からの書簡、特に母・明世などの書簡の内容から類推して、1943(昭和18)年から1945(昭和20)年にかけてであると判断できる。 戦地からの書簡の内容は、検閲を前提にしていることもあり、定型的な文言が多い。それでも彼の肉声や従軍生活の持つ意味が実感されてくる。

3 戦争文学

田村が長い大陸での生活から日本の敗戦によって解き放たれ、内地へ復員して、1946(昭和21)年に最初に書いた作品は『肉体の悪魔』である。中国北部、石太沿線の山西にある日本陸軍の駐屯地を中心に展開されるこの作品は、日本の一兵卒と中共八路軍の女捕虜との愛と苦悩が描かれている
その他、戦場のある中国の奥地へ5人の売春婦を送り届ける任務を負った軍曹の物語で戦場という極限下で人間の抱える性の問題を突きつけた『蝗』、戦争映画を見てかつて自分がいた中国大陸の日本軍の残酷な隊長を思い出す『裸女のいる隊列』など、戦争体験者ならではというべき視点で、数多くの戦争に関わる作品を描き出している。

田村泰次郎の主な戦争文学

『銃について』『応召前後』『集団生活の一面』『郵送船にて』『沖縄に死す』 『肉体の悪魔』『渇く日日』『春婦伝』『大行山の絵』『檻』『故国へ』『現代詩』 『雁かへる』『青鬼』『戦場の顔』『ある死』『途上』『黄土の人』『地雷原』 『失われた男』『蝗』『裸女のいる隊列』



展示期間 平成20年7月5日(土)~平成20年7月21日(月)
〒514-0061 津市一身田上津部田1234番地 
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13:44
2005/08/02

第26回企画展「戦後60年 戦争と文学」

| by システム担当者

戦後60年を迎え、三重県ゆかりの文学者たちが戦争にどう関わったかをパネルと資料を通して振り返りました。
なお、展示パネルは第5回企画展「戦争と文学 散文編」(1995.8.6〜8.20)、および第7回企画展「戦争と文学 詩歌編」(1996.8.4〜8.18)開催時のものを使用しました。

主な展示資料

横光利一

(1898〜1947) 阿山郡東柘植村および上野町に少年時代在住。小説家。

展示資料: 「欧州紀行」「旅愁」「夜の靴」、色紙

中谷孝雄

(1901〜1994) 一志郡七栗村出身。小説家。

展示資料: 「のどかな戦場」「故郷」、写真

丹羽文雄

(1904〜2005) 四日市市出身。小説家。

展示資料: 「還らぬ中隊」「海戦」「報道班員の手記」、書簡(田村泰次郎宛)

田村泰次郎

(1911〜1983) 三重郡富田村出身。小説家。

展示資料: 「戦場の顔」「春婦伝」、原稿「包囲のなかで」、書簡(母明世宛)、日章旗(寄せ書き入り)

駒田信二

(1914〜1994) 安濃郡安西村に少年時代在住。小説家・中国文学者。

展示資料: 「脱出」、写真

伊藤桂一

(1917〜) 三重郡神前村出身。詩人・小説家。

展示資料: 「蛍の河」「生きている戦場」(書簡付き)「静かなノモンハン」

佐佐木信綱

(1872〜1963) 鈴鹿郡石薬師村出身。歌人・国文学者。

展示資料: 「瀬の音」「山と水と」「軍歌選抄」、掛軸

嶋田青峰

(1882〜1944) 答志郡的矢村出身。俳人。

展示資料: 「青峰集」「土上」、写真、色紙

山口誓子

(1901〜1994) 四日市市・鈴鹿市に在住。俳人。

展示資料: 「遠星」「七曜」「伊勢」、色紙

北園克衛

(1902〜1978) 度会郡四郷村出身。詩人。

展示資料: 「風土」「郷土詩論」「大東亜」「家」「VOU」

長谷川素逝

(1907〜1946) 津市に少年時代、教員時代など在住。俳人。

展示資料: 「砲車」「ふるさと」「村」

竹内浩三

(1921〜1945) 宇治山田市出身。詩人。

展示資料: 「愚の旗」「伊勢文学」「ふるさとの風や」


展示期間 平成17年8月2日(火)〜31日(水)
〒514-0061 津市一身田上津部田1234番地 
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13:29
2005/04/23

特別展「丹羽文雄追悼」

| by システム担当者

2005年4月20日、四日市市出身の作家、丹羽文雄氏が死去しました。享年100歳。
三重県ゆかりの作家丹羽文雄氏を追悼し、特別展を開催しました。
平成17年4月23日(土)〜5月29日(日)

丹羽文雄プロフィール

1904年(明治37)11月22日 〜 2005年(平成17年)4月20日
四日市の真宗高田派の末寺崇顕(そうけん)寺の長男として生まれる。4歳の時、母が旅役者と出奔する。このことが、作品のモデルだけでなく女性観にも深い影響を与えた。
富田中学校(現四日市高校)卒業後、文学を志し、早稲田大学第一高等学院、同大学国文科へと進む。在学中から同人誌に多くの作品を発表し、寺崎浩、火野葦平らを知る。卒業後も半年程東京に残るが、志半ばで帰郷、僧侶生活に入る。しかし、文学への未練断ち難く、永井龍男の勧めで書いた「鮎」(1932)が好評だったこともあり、これを機会に再度上京する。上京後、 「贅肉」の“生母もの"や「海面」の“マダムもの"という系列の愛欲の世界を鋭く描いた作品を発表して注目され、流行作家となる。戦時中は報道班員として、「還らぬ中隊」などの“戦記もの"を発表。戦後は、愛欲を中心とした「鬼子母神界隈」などの風俗小説を多く発表した。しかし、中村光夫との風俗小説論争後、「幸福への距離」などの“実験小説"を試みるように なった。「厭がらせの年齢」は今日的問題を含み、評判をよんだ。1953年(昭和28)発表の「青麦」で父親を書き、父親を考えることから宗教を真正面からとらえるようになった。そして、親鸞の思想をテーマとした“宗教小説"(「親鸞」「蓮如」)へと進んだ。
他方、個人誌『文学者』を刊行し、新人の育成に努めた。四日市市立図書館には「丹羽文雄記念室」が設置されて、多くの資料が集められている。

展示資料

  • 自筆色紙「丹羽文雄」
  • 自筆色紙「小雨留春」
  • 色紙「丹羽君の像」(丹羽文雄の似顔絵。作者不明。讃は丹羽文雄の自筆)
  • 丹羽文雄「鮎」(昭和10年。文体社。第一創作集)

自筆原稿

  • 原稿「たがね」(「いさり火」昭和49年に発表。たがねせんべいへの愛着を描いた随筆)
  • 原稿「作者の言葉」(「シナリオ文学」昭和11年10月号発表。「職業と姫君」という映画のシナリオについて書いたもの)
  • 原稿「自然」(初出不明。小説における自然描写の重要性を述べている)
  • 原稿「我が文学の立場」(初出不明。自分の目指す文学について率直に述べたもの)
  • 原稿「序に代えて」(小泉譲「死霊の宿」の序文)
  • 原稿「一色淑子 第四回」(「文芸雑誌」昭和11年4月号発表。)

戦争と丹羽文雄

  • 丹羽文雄「還らぬ中隊」(昭和14年。中央公論社)
  • 丹羽文雄「海戦」(昭和17年。中央公論社)
  • 丹羽文雄「ソロモン海戦」(昭和18年。国民画報社)
  • 書簡(昭和16年2月13日付。戦地の田村泰次郎宛)
  • 写真(田村泰次郎と談笑する丹羽文雄)
  • 新聞切り抜き(田村泰次郎のエッセイ「丹羽文雄さん」昭和48年7月17日付)
  • 書簡(昭和18年9月10日付。淀野隆三宛)
  • 少女クラブ 昭和21年9月号(講談社。丹羽文雄「黒猫」所収)

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13:18
2003/10/10

第25回企画展「田村泰次郎文庫の魅力 一般図書・一般雑誌より」1

| by システム担当者

はじめに

戦後、『肉体の門』で一躍有名になった、三重県四日市市出身の作家・田村泰次郎が亡くなって、この秋で満20年になります。その蔵書と遺品約九千点は、平成5年、田村美好夫人より当館に寄贈されました。
翌6年には「田村泰次郎文庫目録」が作成され、そのすべてが当館で閲覧できるようになり、翌7年には当館2階文学コーナーで、企画展「田村泰次郎再発見」が開催されました。
田村は、1911年(明治44年)富田村(現四日市市)に生まれました。1929年(昭和4年)富田中学(現四日市高校)を卒業し、第2早稲田高等学院を経て、1931年(昭和6年)、早稲田大学仏文科に入学、文学活動を開始しました。まもなく、新進作家・評論家としてその才能を文壇で認められましたが、1940年(昭和15年)、陸軍に応召され、中国戦線に送られました。戦後の1946年(昭和21年)帰国し、翌1947年(昭和22年)、『肉体の門』で一躍流行作家になりました。この作品は、同年舞台で上演され大ヒットし、現在まで5回映画化されました。以降、作家として文壇で長く活躍し、日本ペンクラブ・日本文芸家協会・美術評論家連盟などで要職を歴任しましたが、1983年(昭和58年)、72歳でこの世を去りました。企画展「田村泰次郎再発見」では、田村文庫の「特別資料」から、田村の生涯に沿って、遺品・作品の数々を展示しました。
今回の企画展では、その時取り上げられることの少なかった、田村文庫の「一般図書」と「一般雑誌」の中から、「逸品」と言うべき貴重な資料を展示します。田村と交流のあった作家や著名人から田村に贈呈された署名本や、戦後のさまざまな雑誌類、また、戦争中の出版物などを多く含むこれらの蔵書は、田村の人柄や業績を示すだけでなく、「昭和」という激動の時代を今日に伝える貴重なコレクションであり、三重県民の財産であると言えます。今回の展示で、その魅力と価値を存分に味わっていただきたいと思います。


以下、展示資料の簡単な解説をまとめてみました。ご一読頂ければ幸いに存じます。
なお、説明文中の人名には、田村をはじめ、すべて敬称を略しました。また、解説中に「署名贈呈本」とあるのは、各作家・著名人が田村に書き入れをして贈呈したと思われる本のことです。書き入れの形態は様々で、直接本に署名したもの、他の紙片に書きいれて、それを挟んだり貼り付けたりしたもの、文面についても、贈呈者と田村のフルネームを書いたものもあれば、名刺に「贈呈」とだけ書かれているものまで、いろいろです。
事情により一部展示資料に差し替えが起こる場合もありますが、あらかじめご了承ください。


当館所蔵の「田村泰次郎文庫」は、どなたでも当館で閲覧していただけます。手続きにはご本人であることを証明する書類(運転免許証・学生証・健康保険証など)が必要です。詳しくは館員に直接お尋ね頂くか、三重県立図書館(059-233-1180)までお問い合せください。

戦前の本


目録連番書名著者刊年発行所備考
一般図書
2041
大日本帝国憲法義解/皇室典範義解伊藤博文1889国家学会無署名
本資料と同題の本が、大日本帝国憲法発布のこの年、数種類出版されている。そのうち、伊藤博文著本を所蔵している公共図書館は全国で他に1館のみである(国立国会図書館総合目録ネットワークシステムによる。以下同じ)。
一般図書
1655
自助論 西国立志編スマイルズ1891岡本仙助無署名
本書は明治4年、中村正直によって翻訳され、和装本で出版されて以来、明治年間に幾度も版を改めて出版されているが、本書と同じ版は、全国の公共図書館には所蔵がない(同上)。
一般図書
559
歌集 秘帖中河与一1934書物展望社戦前・署名
中河与一は新感覚派の作家で、田村には早大の先輩にあたる。田村は在学中、中河主宰の雑誌「新科学的(文芸)」の同人に加えられ、幾度か評論を掲載されている。田村文庫にある中河の署名贈呈本は本書を含めて5冊ある。
一般図書
1414
詩集 日食高橋新吉1934素人社書屋戦前・署名
高橋新吉はヨーロッパ前衛芸術運動「ダダイズム」を自任した詩人。高橋の署名贈呈本は、本書から『すずめ10:美術論集』(1970年)まで4冊あり、田村との交流の長かったことが知られる。
一般図書
861
化粧高見順1939青木書店戦前・署名
高見順は最初プロレタリア作家として出発した。田村とは「人民文庫」で知り合い、一緒に逮捕されたことがある。高見の署名贈呈本は本書を含めて5冊ある。
一般図書
2224
転落の詩集石川達三1940新潮社戦前・署名
石川達三は第一回芥川賞受賞者である。田村には早大の先輩にあたり、交流も古くかつ深い。田村は1965年に、「石川達三 ケジメの精神」という小文を書いている。石川の署名贈呈本は本書を含めて3冊であるが、『赤虫島日誌』(1943年)は、田村の出征中に、田村の母に贈られたものである。

戦後の本その1


目録連番書名著者刊年発行所備考
一般図書
835
グッド・バイ太宰治1949八雲書店無署名
本作は太宰治の死後出版された。同年に出版された版は、全国の公共図書館では、5館が所蔵するのみである。田村文庫には、太宰の本書の他、坂口安吾著『白痴』(1947年・中央公論社)など、戦後すぐに活躍した文学者の初版本・署名本が数多く収められている。
一般図書
556
歌集 白き山斎藤茂吉1949岩波書店無署名
斎藤茂吉が生前に刊行した最終歌集。田村文庫には、著名な歌人、俳人からの署名贈呈本はなく、蔵書数も比較的少ない中で、田村の関心のありかを示唆する貴重な一冊である。同年刊の版は全国14館が所蔵している。
一般図書
2596
花の生涯舟橋聖一1953新潮社戦後・署名
舟橋聖一は昭和初期から活躍した小説家で、その素顔は丹羽文雄の『人間・舟橋聖一』(1987年・新潮社)に詳しい。本作品はのちにNHK大河ドラマの第1回作品として同題でドラマ化されている。田村への署名贈呈本は本書を含めて6冊ある。
一般図書
77
朝顔志賀直哉1954中央公論社戦後・署名
志賀直哉は白樺派の作家。本書は志賀の単行本としては、かなり遅い時期のものである。田村は1964年に、「金婚の志賀先生」という小文を書いている。志賀直哉の署名贈呈本は本書を含め5冊あるが、そのうち本書は最も時期の古いものである。
一般図書
1513
白い手袋の記憶瀬戸内晴美1957朋文社戦後・署名
瀬戸内晴美は、丹羽文雄主宰の雑誌「文学者」から文壇に出た一人である。1973年出家得度し改名、今は瀬戸内寂聴として活躍しており、『源氏物語』の現代語訳もある。本書は瀬戸内の処女短編集である。瀬戸内の署名贈呈本は本書のみである。
一般図書
2536
眠れる美女川端康成1961新潮社戦後・署名
川端康成は新感覚派の作家であり、日本初のノーベル文学賞受賞者である。田村は学生時代に川端と知り合ったが、後には日本ペンクラブの活動を川端と共にしている。川端の署名贈呈本には本書の他、『山の音』(1953年)と『再婚者』(1954年)がある。

戦後の本その2


目録連番書名著者刊年発行所備考
一般図書
672
雁の寺 全水上勉1964文芸春秋新社戦後・署名
水上勉は数々の文学賞を受賞し、多くの映像化された作品を持つ作家である。本作品は第45回直木賞受賞作である。水上の署名贈呈本は本書の他、『宇野浩二伝』(1971年)『片しぐれの記』(1978年)の3冊がある。
一般図書
1711
砂の上の植物群吉行淳之介1964文芸春秋新社戦後・署名
吉行淳之介は、「第3の新人」と呼ばれた作家の一人である。父吉行エイスケも作家であり、田村は先に父エイスケと交流があった。吉行淳之介の署名贈呈本は他に、第31回芥川賞受賞作品『驟雨』(1954年)など、本書を含めて7冊ある。
一般図書
437
男友達河野多恵子1965河出書房新社戦後・署名
河野多恵子は、丹羽文雄主宰の雑誌『文学者』から文壇に出た一人であり、第49回芥川賞を受賞した作家である。河野の署名贈呈本は他に『不意の声』(1968年)『遠い夏』(1977年)など11冊があり、その数は井上友一郎に次いで多い。
一般図書
412
大江健三郎全作品 6 性的人間(ほか)大江健三郎1966新潮社戦後・署名
大江健三郎は現代日本文学を代表する作家の一人であり、日本で2人目のノーベル文学賞受賞者である。大江健三郎の署名贈呈本は、本書の他、『ヒロシマ・ノート』(1965年)がある。
一般図書
2158
沈黙遠藤周作1966新潮社戦後・署名
遠藤周作は、「第3の新人」と呼ばれた作家の一人である。遠藤を含め、吉行淳之介、三浦朱門、安岡章太郎など、「第3の新人」たちの署名贈呈本は田村文庫に数多い。遠藤周作の署名贈呈本は本書の他、『狐狸庵閑話』(1965年)がある。
一般図書
2441
虹と修羅円地文子1968文藝春秋戦後・署名
円地文子は数々の文学賞を受賞している女流作家であり、『源氏物語』の現代語訳者としても有名である。田村とは、1936年の「人民文庫」創刊時に知り合っている。円地の署名贈呈本は本書のみである。

戦後の本評論家・学者の本


目録連番書名著者刊年発行所備考
一般図書
1527
真贋小林秀雄1951新潮社評論
小林秀雄は『無常といふ事』(1946年)『本居宣長』(1977年)などの著作で知られる文芸評論家である。田村とは戦前から交流があった。小林の署名贈呈本は本書のみである。
一般図書
1267
写真版 大和古寺風物誌亀井勝一郎1953創元社評論
亀井勝一郎は『我が精神の遍歴』(1948年)などの著作で知られる文芸評論家である。『大和古寺風物誌』(1943年)は代表作の一つであり、本書は戦後に出版された写真版である。田村は学生時代に亀井と知り合っている。亀井の署名贈呈本は本書のみである。
一般図書
315
運命加藤周一1956講談社評論
加藤周一は、評論『文学とは何か』(1950年)、小説『ある晴れた日に』(1950年)などで知られる文芸評論家・作家である。本書は小説。加藤の署名贈呈本は本書のみである。「ニースの想出に」というメッセージは、田村夫妻の1957年から翌年にかけての欧州滞在にちなんだものであろう。
一般図書
2834
フランス文壇史河盛好蔵1961文芸春秋新社評論
河盛好蔵は『エスプリとユーモア』(1969年)などで知られる文芸評論家・仏文学者であり、訳書も数多い。本書は第13回読売文学賞受賞作品である。河盛の署名贈呈本は本書を含めて4冊ある。
一般図書
1760
成熟と喪失江藤淳1967河出書房評論
江藤淳は『夏目漱石』(1956年)などで知られる文芸評論家である。江藤の署名贈呈本は本書の他に、『続文芸時評』(1967年)『旅の話・犬の夢 随筆集』(1970年)がある。
一般図書
2859
無頼と異端奥野健男1973国文社評論
奥野健男は『太宰治論』(1956年)などで知られる文芸評論家である。田村との交流は深く、田村文学を高く評価する一人である。奥野の署名贈呈本は本書の他に、『現代文学の基軸』(1967年)がある。

戦後の本詩人の本


目録連番書名著者刊年発行所備考
一般図書
2006
韃靼海峡と蝶安西冬衛1947文化人書房詩人
安西冬衛は、昭和初年、「新散文詩運動」を推進した詩人の一人である。安西らの創刊した詩誌「詩と詩論」に、田村は学生時代に評論を何編か載せている。安西の署名贈呈本は本書のみである。
一般図書
110
あの夢この歌西條八十1948イヴニングスター社詩人
西條(西条)八十は詩人・童謡作家・仏文学者。田村には早大仏文科の恩師にあたり、卒業後も二人の交流は続いた。本書は随筆集である。西條八十の署名贈呈本は本書のみである。
一般図書
1411
詩集 第四の蛙:草野心平詩集草野心平1964「無限」編集部詩人
草野心平は「蛙」の詩人として知られる詩人である。草野の署名贈呈本は本書を含めて4冊ある。その他、『母岩』(1935年)『絶景』(1940年)『定本蛙』(1948年)など、田村文庫に草野の著書は数多い。
一般図書
1393
詩集 宛名のない手紙辻井喬1964紀伊国屋書店詩人
辻井喬は詩集『異邦人』(1961年)、小説『彷徨の季節の中で』(1969年)などで知られる詩人・小説家で、財界人としても著名(本名堤清二)である。辻井の署名贈呈本は本書のみである。
一般図書
3323
幼年連祷:吉原幸子詩集吉原幸子1965思潮社詩人
吉原幸子は詩人である。本書は吉原の第1詩集で、第4回室生犀星賞受賞作である。吉原の署名贈呈本は本書のみである。
一般図書
2181
妻科の家田中冬二1970東京文献センター詩人
田中冬二は詩人である。代表作には、第5回高村光太郎賞を受賞した『晩春の日に』(1961年)などがある。本書は詩文集である。田中の署名贈呈本は他に詩集『葡萄の女』(1966年)がある。

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