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2015/10/16

第41回 三井高利とその商法

| by システム担当者

江戸時代には「伊勢商人」と呼ばれる商人たちが活躍しました。中でも、松阪出身の三井高利はその代表格の一人です。彼の開いた呉服店「越後屋」は新しい商法で成功し、今日の小売(こうり)の基本スタイルを作りました。
今回の展示は「三井高利とその商法」と題し、当館所蔵の関連資料を紹介を行っています。

  • 展示期間 平成16年6月24日(木) から 平成16年9月11日(土)
  • 展示資料


展示資料一覧
書名編著者出版者出版年
三井事業史 本篇第1巻三井文庫/編集三井文庫1980
三井事業史 資料篇1三井文庫/編集三井文庫1973
三井高利中田 易直/著吉川弘文館1975
三井元祖高利修業記来多 武六/著国文社1942
越後屋より三越豊泉 益三/著川瀬五節堂1936
三越写真帖三正会幹事/編纂〔三越〕1941
三越のあゆみ「三越のあゆみ」編集委員会/編集三越本部総務部1954
三井文庫論叢 第30号三井文庫/編集三井文庫1996
三井文庫論叢 第32号三井文庫/編集三井文庫1998
  • 参考資料 
参考資料一覧 (2004年6月現在)(展示資料一覧に掲載したものは省く)
書名編著者出版者出版年
人づくり風土記 24 ふるさとの人と知恵 三重加藤 秀俊/〔ほか〕編纂 農山漁村文化協会1992
松阪学ことはじめ「宣長さん200年」実行委員会/編おうふう2002
伊勢商人嶋田 謙次/著伊勢商人研究会1988
伊勢商人の世界後藤 隆之/著三重県良書出版会1990
江戸商業と伊勢店北島 正元/編著吉川弘文館1975
雇用の歴史牧 英正/著弘文堂1977
松阪市史 第12巻 史料篇近世2松阪市史編さん委員会/編著蒼人社;勁草書房(発売)1983
日本都市史入門 1 

高橋 康夫 /編

吉田 伸之 /編

東京大学出版会1989

江戸時代の町人の控・三井御定目

(『三重の文化 27』 所収)

三重郷土会/編三重郷土会1961
越後屋覚書豊泉 益三/著三邑社1955
越後屋覚帳三井 高陽/著同文館1940
松坂商人のすべて 1 江戸進出期の様相大喜多 甫文/語り手伊勢の国・松坂十楽2005

武藤文庫の三井家関係資料について

当館には、三重大学教授だった故武藤和夫氏の蔵書群が「武藤文庫」として所蔵されています。武藤氏には「伊勢商人の研究」という論文があり、武藤文庫には関係資料が収められています。

三井家男女奉公人請状 1~3

この資料を閲覧して、三井文庫の西坂靖氏は「(三井)伊皿子(いさらご)家の資料である」とされました。伊皿子家は、三井六本家のうちで高利(たかとし)の次男高富を祖とする家です。「請状」は、今でいう「就職」する時の書類です。書式はどれも同様で、「今度、貴店に奉公させて頂く○○という者は、先祖・宗旨もよく知った、真面目な人間です。万一、間違いを犯したとしても私が対処・補償しますから、○○の期間、○○の給料で奉公に上がる事をよろしくお願いします。」といった内容です。 
当時の「就職」は、「奉公」と呼ばれ、その雇用関係や労働形態は、今日の「就職」とはかなり違ったものでした。次に紹介する「三井家御定目」を見ますと、その実態をうかがうことができます。
本資料には、天明年間から文政年間までの「請状」47通と「御礼証文」10通が収められています。

『三井家御定目(おんじょうもく) 1・2』

三井文庫の西坂氏によりますと、この資料は、文中の「名古屋(支店)云々」という記述から、当時名古屋に支店を持たなかった三井家のものではない、とされています。当館書誌では、資料の納められていた木函(きばこ)に貼られた表記から、上の書名としています。表紙には、2冊とも単に「御定目」と書かれているだけで、内容からも資料の出所を特定する材料は見当たりません。ただ、京都に本部を置き、大阪・名古屋と関東地方(恐らくは江戸)に支店を持つ、「越後屋」の商法をほぼ踏襲・実践していた呉服店である、ということは確かです。 
「定目(じょうもく)」とは「条目(じょうもく)」、すなわち「箇条書きで書かれた規則」という意味です。全部で97項目からなる「御定目」は、店の規則や経営指針・管理職の心得・就労規則・接客マニュアル・人材育成方法など、さまざまな内容で構成されています。「食事の時以外は台所に入ってはいけない(定目41)」などの、具体的で細かい指示から、「何よりも正直であれ(定目59)」「支配人は公平が第一、部下をえこひいきしてはならない(定目56・61)」などの、抽象的なものもあります。また、「子供(丁稚)に体罰を加えてはならない(定目93)」とか、「支配人や組頭(管理職)がまちがった事を指示したなら、京都(本部)に知らせてその指示を仰げ(定目66)」など、今日から見ても興味深い内容もあります。
呉服の販売に関しては、先ほど紹介しました「店前売(たなさきうり/店舗販売)」などの、「越後屋」の新商法が、この「御定目」の各所に見られます。冒頭には寛延2年(1749)との記載がありますから、「越後屋」の成功から約60年後に書かれたものであることが分かります。その頃にはもう、「越後屋」の新商法は広く一般化して、他の店でも、その商法によるノウハウの蓄積が相当あったことがわかります。 
なお、本資料は2冊ありますが、「1」は「2」の写本で、内容はほとんど同じです。「1」は三重県立図書館デジタルライブラリーでもご覧いただけます。

三重県立図書館デジタルライブラリー「御定目(伝「三井家御定目」)(別ウィンドウで開きます)」


※追記
2005年7月、三井文庫・賀川隆行氏により、『三井家 御定目(おんじょうもく) 1・2』は、越後屋と同業の「大丸屋(だいまるや)」のものと推定できることをご教示いただきました。
「大丸(だいまる)」ウェブサイトによれば、大丸屋は、享保2年(1717)に京都で創業(大文字屋)し、同11年(1726)に大阪で「現金正札(しょうふだ)販売」を始め(松屋)、同13年(1728)には名古屋店(大丸屋)、寛保3年(1743)に江戸店を開業しています。大丸屋の元文3年(1738)の「定目」と比較し、内容がほぼ同じであるところから、この事が裏付けられます。なお、「大丸屋の資料が三井家関係資料の中に紛れ込んだ理由についてはよくわかりませんが、貴重な資料であることには間違いありません。」(賀川氏談)。
現在、当資料の書誌は、電子情報上で『御定目』と訂正されています。
17:43