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第25回企画展「田村泰次郎文庫の魅力 一般図書・一般雑誌より」1

はじめに

戦後、『肉体の門』で一躍有名になった、三重県四日市市出身の作家・田村泰次郎が亡くなって、この秋で満20年になります。その蔵書と遺品約九千点は、平成5年、田村美好夫人より当館に寄贈されました。

翌6年には「田村泰次郎文庫目録」が作成され、そのすべてが当館で閲覧できるようになり、翌7年には当館2階文学コーナーで、企画展「田村泰次郎再発見」が開催されました。

田村は、1911年(明治44年)富田村(現四日市市)に生まれました。1929年(昭和4年)富田中学(現四日市高校)を卒業し、第2早稲田高等学院を経て、1931年(昭和6年)、早稲田大学仏文科に入学、文学活動を開始しました。まもなく、新進作家・評論家としてその才能を文壇で認められましたが、1940年(昭和15年)、陸軍に応召され、中国戦線に送られました。戦後の1946年(昭和21年)帰国し、翌1947年(昭和22年)、『肉体の門』で一躍流行作家になりました。この作品は、同年舞台で上演され大ヒットし、現在まで5回映画化されました。以降、作家として文壇で長く活躍し、日本ペンクラブ・日本文芸家協会・美術評論家連盟などで要職を歴任しましたが、1983年(昭和58年)、72歳でこの世を去りました。企画展「田村泰次郎再発見」では、田村文庫の「特別資料」から、田村の生涯に沿って、遺品・作品の数々を展示しました。

今回の企画展では、その時取り上げられることの少なかった、田村文庫の「一般図書」と「一般雑誌」の中から、「逸品」と言うべき貴重な資料を展示します。田村と交流のあった作家や著名人から田村に贈呈された署名本や、戦後のさまざまな雑誌類、また、戦争中の出版物などを多く含むこれらの蔵書は、田村の人柄や業績を示すだけでなく、「昭和」という激動の時代を今日に伝える貴重なコレクションであり、三重県民の財産であると言えます。今回の展示で、その魅力と価値を存分に味わっていただきたいと思います。

以下、展示資料の簡単な解説をまとめてみました。ご一読頂ければ幸いに存じます。

なお、説明文中の人名には、田村をはじめ、すべて敬称を略しました。また、解説中に「署名贈呈本」とあるのは、各作家・著名人が田村に書き入れをして贈呈したと思われる本のことです。書き入れの形態は様々で、直接本に署名したもの、他の紙片に書きいれて、それを挟んだり貼り付けたりしたもの、文面についても、贈呈者と田村のフルネームを書いたものもあれば、名刺に「贈呈」とだけ書かれているものまで、いろいろです。

事情により一部展示資料に差し替えが起こる場合もありますが、あらかじめご了承ください。

当館所蔵の「田村泰次郎文庫」は、どなたでも当館で閲覧していただけます。手続きにはご本人であることを証明する書類(運転免許証・学生証・健康保険証など)が必要です。詳しくは館員に直接お尋ね頂くか、三重県立図書館(059-233-1180)までお問い合せください。

戦前の本

目録連番 一般図書2041

書名 著者 刊年 発行所 備考
大日本帝国憲法義解/皇室典範義解 伊藤博文 1889年 国家学会 無署名

本資料と同題の本が、大日本帝国憲法発布のこの年、数種類出版されている。そのうち、伊藤博文著本を所蔵している公共図書館は全国で他に1館のみである(国立国会図書館総合目録ネットワークシステムによる。以下同じ)。

目録連番 一般図書1655

書名 著者 刊年 発行所 備考
自助論 西国立志編 スマイルズ 1891年 岡本仙助 無署名

本書は明治4年、中村正直によって翻訳され、和装本で出版されて以来、明治年間に幾度も版を改めて出版されているが、本書と同じ版は、全国の公共図書館には所蔵がない(同上)。

目録連番 一般図書559

書名 著者 刊年 発行所 備考
歌集 秘帖 中河与一 1934年 書物展望社 戦前・署名

中河与一は新感覚派の作家で、田村には早大の先輩にあたる。田村は在学中、中河主宰の雑誌「新科学的(文芸)」の同人に加えられ、幾度か評論を掲載されている。田村文庫にある中河の署名贈呈本は本書を含めて5冊ある。

目録連番 一般図書1414

書名 著者 刊年 発行所 備考
詩集 日食 高橋新吉 1934年 素人社書屋 戦前・署名

高橋新吉はヨーロッパ前衛芸術運動「ダダイズム」を自任した詩人。高橋の署名贈呈本は、本書から『すずめ10:美術論集』(1970年)まで4冊あり、田村との交流の長かったことが知られる。

目録連番 一般図書861

書名 著者 刊年 発行所 備考
化粧 高見順 1939年 青木書店 戦前・署名

高見順は最初プロレタリア作家として出発した。田村とは「人民文庫」で知り合い、一緒に逮捕されたことがある。高見の署名贈呈本は本書を含めて5冊ある。

目録連番 一般図書2224

書名 著者 刊年 発行所 備考
転落の詩集 石川達三 1940年 新潮社 戦前・署名

石川達三は第一回芥川賞受賞者である。田村には早大の先輩にあたり、交流も古くかつ深い。田村は1965年に、「石川達三 ケジメの精神」という小文を書いている。石川の署名贈呈本は本書を含めて3冊であるが、『赤虫島日誌』(1943年)は、田村の出征中に、田村の母に贈られたものである。

戦後の本その1

目録連番 一般図書835

書名 著者 刊年 発行所 備考
グッド・バイ 太宰治 1949年 八雲書店 無署名

本作は太宰治の死後出版された。同年に出版された版は、全国の公共図書館では、5館が所蔵するのみである。田村文庫には、太宰の本書の他、坂口安吾著『白痴』(1947年・中央公論社)など、戦後すぐに活躍した文学者の初版本・署名本が数多く収められている。

目録連番 一般図書556

書名 著者 刊年 発行所 備考
歌集 白き山 斎藤茂吉 1949年 岩波書店 無署名

斎藤茂吉が生前に刊行した最終歌集。田村文庫には、著名な歌人、俳人からの署名贈呈本はなく、蔵書数も比較的少ない中で、田村の関心のありかを示唆する貴重な一冊である。同年刊の版は全国14館が所蔵している。

目録連番 一般図書2596

書名 著者 刊年 発行所 備考
花の生涯 舟橋聖一 1953年 新潮社 戦後・署名

舟橋聖一は昭和初期から活躍した小説家で、その素顔は丹羽文雄の『人間・舟橋聖一』(1987年・新潮社)に詳しい。本作品はのちにNHK大河ドラマの第1回作品として同題でドラマ化されている。田村への署名贈呈本は本書を含めて6冊ある。

目録連番 一般図書77

書名 著者 刊年 発行所 備考
朝顔 志賀直哉 1954年 中央公論社 戦後・署名

志賀直哉は白樺派の作家。本書は志賀の単行本としては、かなり遅い時期のものである。田村は1964年に、「金婚の志賀先生」という小文を書いている。志賀直哉の署名贈呈本は本書を含め5冊あるが、そのうち本書は最も時期の古いものである。

目録連番 一般図書1513

書名 著者 刊年 発行所 備考
白い手袋の記憶 瀬戸内晴美 1957年 朋文社 戦後・署名

瀬戸内晴美は、丹羽文雄主宰の雑誌「文学者」から文壇に出た一人である。1973年出家得度し改名、今は瀬戸内寂聴として活躍しており、『源氏物語』の現代語訳もある。本書は瀬戸内の処女短編集である。瀬戸内の署名贈呈本は本書のみである。

目録連番 一般図書2536

書名 著者 刊年 発行所 備考
眠れる美女 川端康成 1961年 新潮社 戦後・署名

川端康成は新感覚派の作家であり、日本初のノーベル文学賞受賞者である。田村は学生時代に川端と知り合ったが、後には日本ペンクラブの活動を川端と共にしている。川端の署名贈呈本には本書の他、『山の音』(1953年)と『再婚者』(1954年)がある。

戦後の本その2

目録連番 一般図書672

書名 著者 刊年 発行所 備考
雁の寺 全 水上勉 1964年 文芸春秋新社 戦後・署名

水上勉は数々の文学賞を受賞し、多くの映像化された作品を持つ作家である。本作品は第45回直木賞受賞作である。水上の署名贈呈本は本書の他、『宇野浩二伝』(1971年)『片しぐれの記』(1978年)の3冊がある。

目録連番 一般図書1711

書名 著者 刊年 発行所 備考
砂の上の植物群 吉行淳之介 1964年 文芸春秋新社 戦後・署名

吉行淳之介は、「第3の新人」と呼ばれた作家の一人である。父吉行エイスケも作家であり、田村は先に父エイスケと交流があった。吉行淳之介の署名贈呈本は他に、第31回芥川賞受賞作品『驟雨』(1954年)など、本書を含めて7冊ある。

目録連番 一般図書437

書名 著者 刊年 発行所 備考
男友達 河野多恵子 1965年 河出書房新社 戦後・署名

河野多恵子は、丹羽文雄主宰の雑誌『文学者』から文壇に出た一人であり、第49回芥川賞を受賞した作家である。河野の署名贈呈本は他に『不意の声』(1968年)『遠い夏』(1977年)など11冊があり、その数は井上友一郎に次いで多い。

目録連番 一般図書412

書名 著者 刊年 発行所 備考
大江健三郎全作品 6 性的人間(ほか) 大江健三郎 1966年 新潮社 戦後・署名

大江健三郎は現代日本文学を代表する作家の一人であり、日本で2人目のノーベル文学賞受賞者である。大江健三郎の署名贈呈本は、本書の他、『ヒロシマ・ノート』(1965年)がある。

目録連番 一般図書2158

書名 著者 刊年 発行所 備考
沈黙 遠藤周作 1966年 新潮社 戦後・署名

遠藤周作は、「第3の新人」と呼ばれた作家の一人である。遠藤を含め、吉行淳之介、三浦朱門、安岡章太郎など、「第3の新人」たちの署名贈呈本は田村文庫に数多い。遠藤周作の署名贈呈本は本書の他、『狐狸庵閑話』(1965年)がある。

目録連番 一般図書2441

書名 著者 刊年 発行所 備考
虹と修羅 円地文子 1968年 文藝春秋 戦後・署名

円地文子は数々の文学賞を受賞している女流作家であり、『源氏物語』の現代語訳者としても有名である。田村とは、1936年の「人民文庫」創刊時に知り合っている。円地の署名贈呈本は本書のみである。

戦後の本評論家・学者の本

目録連番 一般図書1527

書名 著者 刊年 発行所 備考
真贋 小林秀雄 1951年 新潮社 評論

小林秀雄は『無常といふ事』(1946年)『本居宣長』(1977年)などの著作で知られる文芸評論家である。田村とは戦前から交流があった。小林の署名贈呈本は本書のみである。

目録連番 一般図書1267

書名 著者 刊年 発行所 備考
写真版 大和古寺風物誌 亀井勝一郎 1953年 創元社 評論

亀井勝一郎は『我が精神の遍歴』(1948年)などの著作で知られる文芸評論家である。『大和古寺風物誌』(1943年)は代表作の一つであり、本書は戦後に出版された写真版である。田村は学生時代に亀井と知り合っている。亀井の署名贈呈本は本書のみである。

目録連番 一般図書315

書名 著者 刊年 発行所 備考
運命 加藤周一 1956年 講談社 評論

加藤周一は、評論『文学とは何か』(1950年)、小説『ある晴れた日に』(1950年)などで知られる文芸評論家・作家である。本書は小説。加藤の署名贈呈本は本書のみである。「ニースの想出に」というメッセージは、田村夫妻の1957年から翌年にかけての欧州滞在にちなんだものであろう。

目録連番 一般図書2834

書名 著者 刊年 発行所 備考
フランス文壇史 河盛好蔵 1961年 文芸春秋新社 評論

河盛好蔵は『エスプリとユーモア』(1969年)などで知られる文芸評論家・仏文学者であり、訳書も数多い。本書は第13回読売文学賞受賞作品である。河盛の署名贈呈本は本書を含めて4冊ある。

目録連番 一般図書1760

書名 著者 刊年 発行所 備考
成熟と喪失 江藤淳 1967年 河出書房 評論

江藤淳は『夏目漱石』(1956年)などで知られる文芸評論家である。江藤の署名贈呈本は本書の他に、『続文芸時評』(1967年)『旅の話・犬の夢 随筆集』(1970年)がある。

目録連番 一般図書2859

書名 著者 刊年 発行所 備考
無頼と異端 奥野健男 1973年 国文社 評論

奥野健男は『太宰治論』(1956年)などで知られる文芸評論家である。田村との交流は深く、田村文学を高く評価する一人である。奥野の署名贈呈本は本書の他に、『現代文学の基軸』(1967年)がある。

戦後の本詩人の本

目録連番 一般図書2006

書名 著者 刊年 発行所 備考
韃靼海峡と蝶 安西冬衛 1947年 文化人書房 詩人

安西冬衛は、昭和初年、「新散文詩運動」を推進した詩人の一人である。安西らの創刊した詩誌「詩と詩論」に、田村は学生時代に評論を何編か載せている。安西の署名贈呈本は本書のみである。

目録連番 一般図書110

書名 著者 刊年 発行所 備考
あの夢この歌 西條八十 1948年 イヴニングスター社 詩人

西條(西条)八十は詩人・童謡作家・仏文学者。田村には早大仏文科の恩師にあたり、卒業後も二人の交流は続いた。本書は随筆集である。西條八十の署名贈呈本は本書のみである。

目録連番 一般図書1411

書名 著者 刊年 発行所 備考
詩集 第四の蛙:草野心平詩集 草野心平 1964年 「無限」編集部 詩人

草野心平は「蛙」の詩人として知られる詩人である。草野の署名贈呈本は本書を含めて4冊ある。その他、『母岩』(1935年)『絶景』(1940年)『定本蛙』(1948年)など、田村文庫に草野の著書は数多い。

目録連番 一般図書1393

書名 著者 刊年 発行所 備考
詩集 宛名のない手紙 辻井喬 1964年 紀伊国屋書店 詩人

辻井喬は詩集『異邦人』(1961年)、小説『彷徨の季節の中で』(1969年)などで知られる詩人・小説家で、財界人としても著名(本名堤清二)である。辻井の署名贈呈本は本書のみである。

目録連番 一般図書3323

書名 著者 刊年 発行所 備考
幼年連祷:吉原幸子詩集 吉原幸子 1965年 思潮社 詩人

吉原幸子は詩人である。本書は吉原の第1詩集で、第4回室生犀星賞受賞作である。吉原の署名贈呈本は本書のみである。

目録連番 一般図書2181

書名 著者 刊年 発行所 備考
妻科の家 田中冬二 1970年 東京文献センター 詩人

田中冬二は詩人である。代表作には、第5回高村光太郎賞を受賞した『晩春の日に』(1961年)などがある。本書は詩文集である。田中の署名贈呈本は他に詩集『葡萄の女』(1966年)がある。